群青の風の制作について
≪群青の風≫(ぐんじょうのかぜ)というタイトルの、和楽器・オーケストラ・シンセサイザーの曲を制作しました。
この記事では、≪群青の風≫の制作過程をご紹介します。
≪群青の風≫のテーマと、テーマを選んだ理由
私は北斎と広重の絵が好きです。
好きな絵をテーマに曲を作ろうと考えたことが、制作のきっかけです。
日本の伝統文化がもともと好きであるため、絵の魅力を引き出すような音楽を作ってみたいと考えました。
制作過程
3枚の浮世絵を選び、それぞれの絵のイメージを音楽で表現することにしました。
≪群青の風≫は、3つの場面から構成しています。しかし、3つの場面がばらばらではなく、統一性を持たせるよう意図して作曲しています。
今回も、音楽制作前の下準備として、北斎と広重についての本や画集を何冊か読みこみました。
私は音楽大学の学生時代から、北斎が好きでした。絵ももちろんのこと、北斎の生き方も好きです。
北斎はひたすら絵に打ち込み、それ以外のことにほとんど興味を持ちませんでした。お酒も飲まず、金銭に執着することもなく、この世を転々としながら飄々と生き、ひたすら自分の創作に向き合った北斎。その姿を、私は尊敬していました。今でも、憧れの生き方です。
私は、音楽大学大学院時代に、葛飾北斎の絵をテーマにし、和楽器(箏・尺八・琵琶・打楽器など)の合奏による曲を作曲しました。その曲は、和楽器の作曲コンクールに出品し、幸いにも予選である譜面審査を通過し、本選でプロの和楽器演奏家の方々に初演していただくことができました。ホールで聴いた自分の音楽は、北斎の絵の時空間を、見事に描ききっていました。それを自分の耳で確かめることができ、とても幸せでした。
当時は音楽大学作曲科で学び、DTMを使わず、五線紙に鉛筆で音符を書いていくという伝統的な作曲方法であったため、コンクールの予選を通過しなければ、自分の書いた音を実際に耳で確かめることはできませんでした。
あの作曲コンクールの本選の初演から、私の中で和楽器が、何か特別な意味をもつものに変わった気がします。
北斎については学生時代の興味から知識がありました。しかし広重についてはよく知らなかったため、今回新たに歌川広重のこともざっくりと勉強しました。
広重と北斎、似ているところもありますが、画風は、よく見るとまったく異なるということに気付きました。
北斎は、個性的で、独創的で、アクが強い。猛々しく、力強い感じがします。
対して、広重は、情緒的で、上品さがあり、優しさがある。しなやかで美しい感じがします。
私はどちらも好きです。
江戸時代に生きた人々の生き生きとした躍動感や、人々の声や、自然に思いを馳せる心、優しさや哀しさ、楽しさが、二人の絵師が描いた世界から伝わってきます。
それを私は音楽に描いてみたいと思いました。
曲について
前述のとおり、3枚の浮世絵をイメージしつつ、音楽全体としての統一性を持たせるように作曲しています。
1枚目は北斎の
「富嶽三十六景
神奈川沖浪裏」
三味線や箏を主役にして、弦楽器で、威勢の良い雰囲気を作りました。
シンセサイザーを使い、絵のもつ青の鮮やかさや技法の斬新さ、江戸に吹いた新しい風を表現しました。
この波の迫力や構図の斬新なところ、色使いが、多くの人を引き付ける魅力であると感じます。
この活気ある強いエネルギーを、音楽で表現しました。
フルート・ピッコロ・尺八を重ね、エネルギーを引き立てています。エレキベースとシンセドラムを使うことで画面全体の迫力を表現しています。
2枚目は広重の
「東海道五拾三次
蒲原 夜之雪」
箏を主役にして、ピアノを使い、さみしいような哀しいような懐かしいような雰囲気を作りました。
この絵が幻想的である感じがするのは、実際には雪の降らない土地の雪景色を描いているためかもしれません。江戸時代には蒲原あたりにも雪が積もったかもしれない、という説もあるということですが。
行きかう人々の静かな呼吸や、雪が笠・蓑・傘にあたる音、踏みしめる雪の音が聴こえるかのように感じます。人間のぬくもりも伝わってきます。
箏のメロディーや尺八が哀しさを歌い、弦楽器の柔らかい動きは人のぬくもりを表します。
箏のチラシ爪は雪が降る様子を表し、エフェクトをかけたシンセサイザーで空気の冷たさを表現しています。
全体的に幻想的な雰囲気を演出しました。
3枚目は広重の
「名所江戸百景
水道橋駿河台」
曲は、最初の場面のテーマを再現しながらクライマックスを形成します。
江戸の町の賑わいや、人々の生きるエネルギー、活気のある江戸の姿を表現しています。
私はこの絵の構図が好きです。大きなこいのぼりと遠くに見える富士山、江戸の景色、高い視点。画面にとてつもなく奥行きがあり、大地に風が吹き渡り、こいのぼりが大きくはためくのを感じることができます。
箏・三味線の上品な歌いまわしを主役に、尺八・フルートの高音で威勢の良い雰囲気を、弦楽器の大きく進むメロディーで、風に吹かれて雄大にはためくこいのぼりを表現しています。打楽器のリズムと全体のリズムとを合わせて、全体の音像を引き締め、エネルギッシュなクライマックスを作りました。
シンセドラムやエレキベースを使うことで、新しい未来世界を想起させるよう意図しました。
≪群青の風≫は、163トラックを重ねた大編成のアレンジになりました。
≪群青の風≫の制作には、日本の伝統楽器を使いながら、オーケストラの音も使い、シンセサイザーやシンセドラムも使いました。日本の伝統音楽の魅力と、西洋の楽器の魅力をあわせもち、かつ未来を想像させる新しい音楽を作りたいと考え、制作しました。
タイトルについて
曲のタイトルは≪群青の風≫と付けました。
広重と北斎が駆け抜けたそれぞれの一生
北斎と広重の絵から感じる風や自然の音
二人の絵にある青の鮮やかな美しさ
そのような印象が、作曲した音楽に現れたように思うため、このタイトルが思い浮かびました。
絵を見て私が感じた、勇ましさ、勢い、力強さ、人間のあたたかさが、自然に音楽に現れたように思います。
さいごに
トラックを重ねるほど、アレンジ・ミックスが難しくなり制作時間がかかります。しかし私の中にイメージとして浮かんだ音楽を再現するために、163トラックが最小限の編成でした。
ミックスの技術を向上させながら取り組んだこともあり、制作は45日かかりました。
好きで尊敬する人物が描いた絵を音楽に表現していく過程は、いつまでも消えない音像に浸りながら時空を超える、幸せな時間でした。
この≪群青の風≫が、聴いてくださる多くの方々の心を、明るく豊かなものにできたらいいなと思っています。